石川県(加賀藩)の食文化
調査班:武藤昌也、三橋宣貴、牧修平 調査日:2018年3月5~6日
1. 風土・歴史 次へ 目次
石川県は大きく、北側の能登地域と南側の加賀地域に分けられます。領域の境界についてはその地域の人もわからないなど曖昧な部分が多いです。能登は低山地と丘陵地が大部分を占めており、夏は涼しく冬は雪が少ないです。また、加賀は沖積平野が広がっており、比較的温暖な気候ですが冬には雪が多く降ります。
石川県は江戸時代には前田家一族によって治められていました。その際に日本海でとれた贅沢品の鰤を加工した「かぶら寿し」などが領主である前田家に献上されていました。その後明治になってからは石川県の範囲が何度か変わり、富山県の一部と同じ県となることもありましたが、それが落ち着き今の石川県となって今まで続いています。
(三橋宣貴)
2. 調査した郷土食
2.1. ふぐの卵巣の糠漬け 前へ 次へ 目次
食品衛生法によって食用を禁止されているふぐの卵巣。そんな卵巣を唯一調理・製造・販売することを許可されている、石川県金沢市にある油与商店にお邪魔させて頂きました。
2.1.1 歴史
石川県では昔から、魚の保存食を作るために色々な魚が漬けられてきましたが、北陸ではふぐが水揚げされるために、その中にふぐも含まれていました。ふぐの糠漬けは、このような保存食を作る試みの中で生まれたと推測されます。
1725年には、年貢米の変わりに、ふぐの糠漬けが献上されたという記録もあるそうです。東京大学の赤門は江戸時代には前田家上屋敷の正門でしたが、この周辺から石川県で獲れるゴマフグの骨が多数見つかりました。江戸時代にはふぐを食べることは禁止されていましたが(伊藤博文によって解禁)、実際には武士から庶民までふぐを食べていたと考えられています。
2.1.2 製造方法
日本海沿岸で獲れたゴマフグを解体し、全体の三割ぐらいの塩の量で約半年の間塩漬けにします。塩漬けにすると内部の水分が外に出て、卵巣は固くなります。外に出た水分には毒が含まれていることが分かっているそうです。塩漬け後、水洗いして表面の塩を除き、糠、米麹とともに一斗樽に二年以上漬け込みます。
2.1.3 食べ方
糠を軽く落としスライスしてお酒のつまみにするのがスタンダードで、お酒は甘口の日本酒がおススメ。他にも、軽く焼いたり、お茶漬けやクリームパスタ等に和えたりしても、とてもおいしい。
2.1.4 こぼれ話
実は、この糠漬けによってふぐの毒が消えてしまうメカニズムは現在もまだ判明していないため、ふぐの糠漬けの製法は創業当初から変わらない伝統に立脚したものとのことでした。また、この製造方法は石川県の気候の下で確立されたもので、他の地域で同様の製造方法で作ったとしても、うまくいくとは限らないそうです。
(牧修平)
<調査協力>
油与商店
石川県金沢市金石北二丁目1-33
https://www.aburayo.jp
2.2. かぶら寿し 前へ 次へ 目次
石川県金沢市にある、明治8年創業の四十萬谷本舗に伺いました。店舗の中は木造で、創業当時からの姿をそのままに保っています。
様々な食品を取り扱っている四十萬谷本舗ですが、今回はかぶら寿しについてお話を伺ってきたので、紹介したいと思います。
2.2.1 歴史
明治時代の文献にかぶら寿司の記述があらわれますが、かぶら寿司の生まれた経緯は全く不明です。
2.2.2 調理方法
かぶら寿しは、「塩漬けしたかぶ(3日間)」に「塩漬けした鰤(10か月)」を挟み、米糀で漬け込んで発酵させて製造されています。色合いを美しくするため人参を使用しています。
また、鰤の旬が11月~翌年2月初めまでであるため、この時期に塩漬けを開始します。販売する際は、この時期に塩漬けを開始したものを販売するため、鰤の熟成期間が異なることがあります。四十萬谷本舗ではおよそ10ヶ月熟成させています。
かぶら寿司の進化について、米のみ、米と糀、糀のみという流れが考えられています。今では殆どのかぶら寿司が米糀を使用して製造されています。この米糀は地域やお店によって使用するものが異なるそうです。
しかし、近年は酸っぱい味が苦手な消費者が増えてきたことから、漬けている時間を少なくして甘い味を楽しめるような工夫がなされているそうです。
2.2.3 他の同種食材/食品との違い
かぶら寿しは主に今の石川県と富山県で作られてきました。その違いとして、石川県(加賀)は鰤を挟むのが主流ですが、富山県は主に鯖を挟みます。これには時代の背景も関係しています。
昔から高級食材として「ハレの日」に食されてきた鰤ですが、一般庶民には簡単に手に入ることは少なかったそうです。そこで鰤の代わりに鯖や鰯や鮭などを挟むことになったことが始まりです。
2.2.4 こぼれ話
かぶら寿しは基本的にそのまま食しますが、鰤とかぶをバラバラにして網焼きにして食べることが好きな人もいるそうです。
また、かぶら寿しは賞味期限を過ぎてもすぐに腐ることはありませんが、時間が経つにつれて糀の乳酸発酵が進むので、酸味が強くなってしまうそうです。
(三橋宣貴)
<調査協力>
四十萬谷本舗
石川県金沢市弥生1丁目17-28
https://www.kabura.jp/
2.3. 石川県の醤油 前へ 次へ 目次
2.3.1 歴史
今から400年程前に、直江屋伊兵衛が紀州(現在の和歌山県と三重県)から醸造技術を持ち帰り、大野町で醤油醸造を始めたのが石川県における醤油醸造の起源と言われています。当時醤油の高度な醸造技術は江戸や諸国には伝わっていなかった為、そのような地域との醤油の取引により大野町は大変栄えていました。
2.3.2 特徴
一般的に漁業の盛んな土地では醤油が甘くなる傾向にあります。石川県でも醤油は甘く、特に北上するほど甘くなります。はっきりとした理由は分かっていませんが、それは、魚には甘い醤油のほうが合うためと、漁に持っていく際一本で調味料として広い役割を果たせるようにするためと言われています。
2.3.3 製造方法
今回私たちは鳥居醤油店にお邪魔し、醤油について学ばせていただきました。鳥居醤油店では手には力が宿っているという信条から、全てが手作業であり、発酵も自然発酵で行っておられます。また、自分の目の届くところの食材を使用したいとの思いから、材料は全て能登産のものを使用されています。
さて、ここからは鳥居醤油店で作られている昔ながらの醤油の製法を紹介したいと思います。
まず、蒸し煮した豆と炒った小麦を混ぜ、さらにここに種麹を加えます。それを箱に小分けにします。左の写真は種麹を混ぜ込んでいるところです。この作業は冬にしかできないそうです。
小分けにした箱を室に移動させ、手入れしつつ4日ほど安置します。室の内部は温度が30℃前後、湿度は最初が70~80%で、その後は50%ほどに調整されています。季節やその時の麹菌の状態によって温度を調整しているそうです。湿度は室の土壁が調節してくれるとのことでした。
室から出した後、水と塩の入った樽に入れ、ふた夏寝かせたものがもろみです。特に気温の高い夏に発酵が進みます。鳥居醤油店で使っている樽では一樽あたりからおよそ1800リットルもの醤油が製造されます。
最後にもろみを麻袋に入れ、槽(ふね)という機械で絞ることによって出てきたものが生揚げ醤油です。流通しているものはこれに火を加えて灰汁を取り、三温糖を加えたものです。
2.3.4 作られた醤油を味わってみて
年によって気候は異なるものですが、その中で味などの過度な統一を図ろうとせずに自然に委ね、添加物は三温糖しか入れずに作られる鳥居醤油店の醤油は、ほのかな甘さの中にすっきりとした味わいを感じるものでした。昔からの製法で作られた醤油の奥深さを感じた調査でした。
(武藤昌也)
<調査協力>
鳥居醤油店
石川県七尾市一本杉町29
http://www.toriishouyu.jp/
3. 最後に 前へ 目次
特にかぶら寿しについては生まれた経緯が分からず、生産者の方は過去の文献に出てくる少しの情報を基にして過去のかぶら寿しを再現していて、郷土料理に対する誇りとより多くの人に自慢の郷土料理の味を楽しんで頂きたいという気持ちが強く伝わりました。
この食文化調査を通して、石川県の食文化をより多くの人に伝える一助となれば幸いです。
今回の食文化調査によって石川県の食文化を始め、日本全国の食文化を多くの人が顧みるきっかけになれば幸いです。
個人的な感想になってしまいますが、今回食文化調査に参加することによって、普通に生活していたら巡り合えなかったであろう方々とお会いし、話を伺って、石川県の地理、加賀藩に統治されていた歴史によって石川県の現在の食文化がつくられてきたことを知りました。取材を快諾してくださった皆様、誠にありがとうございました。
参考文献
・油与商店 (https://www.aburayo.jp)
・四十萬谷本舗(https://www.kabura.jp/contents/history/)
・かぶらずしについて(四十萬谷本舗発酵文化研究員 山岸峰雄)
情報みそ蔵(http://www.hanamaruki.co.jp/misogura/)
・石川県味噌工業協同組合(http://www.miso-ishikawaken.jp/index.html)
・醤油レシピ/醤油の料理帖(http://www.s-shoyu.com/cook/2016/12/22/006/)
・食品成分データベース(https://fooddb.mext.go.jp/)
・ビューティー北陸(https://beauty-hokuriku.com/p/kanazawa-pref)